私が歯医者という職業を選んだ理由—それを遡ると、矯正をして歯並びを治した経験に依るところが大きにあります。
当時、まだまだ矯正は見慣れないものでした。通っていた中学校の全生徒を見渡しても、矯正をしている子はいなかったと思います。そんな時代ですから、歯に金属の器具を付け、学校に登校することは恥ずかしさや抵抗がありました。
しかし、気がつけばそれ以上に、自分の歯並びが良くなっていくことに対する喜びの方が、大きくなっていました。治療が終わり、矯正器具が外れ、鏡を覗いたときの、その感動はそれも鮮明に思い出されます。
そうした幼い頃の経験が歯学を目指すきっかけとなり、歯学で国内最高峰と評される東京医科歯科大学歯学部へ進学を決めました。
大学4年生の頃、大学から奨学金を頂き、イギリスのキングスカレッジ・ロンドン歯学部に留学しました。学生の段階で、海外の歯科治療に触れる経験ができたことは、将来の歯科医師像を考える上で大変有益なものでした。観光などを目的に海外に行くのとは違い、見えるものが全く違います。
中でも、欧米と比較して、日本における「歯」に対する考え方の遅れは、学生ながら衝撃を隠せませんでした。
たとえば、イギリスはアメリカほど歯の美しさに重点を置いている国ではありません。しかしながら、向こうの歯学部の学生誰をとってみても、歯並びの悪い人は見当たらないどころか、皆、歯並びが綺麗で、更には、歯が白く輝いているのです。日本では歯医者であっても、自分の歯に自信がない人はわりと良く見かけるでしょう。
もちろん、このことは歯医学や歯学部の学生に限ったことではありません。例えば、私の留学時のホストファミリーは2人のお嬢さんがいる4人家族、お父さんと長女が弁護士という優秀なご家庭でした。長女は幼い時に矯正をしたとのこと。そして次女の方は矯正治療中で、とにかく家族全員なんとも歯がきれいなのです。さらにそのホストファミリーが付き合う友人も同じで、全員歯が美しいのです。彼らは皆、堂々と白い歯を見せて会食をし、大きく口を開けて幸せそうに笑うのが印象的でした。
そして、そんな彼らからも、私が歯学生だからでしょう、遠慮なく「日本人はなぜ歯が汚い?」と、事あるごとに聞かれたものです。
こうした経験を経て、大学院に進み矯正歯科の研究に没頭して博士号を取得しました。
その後、大学を離れ、幾つかの歯科医院に勤務し始めました。
そこで再び、留学で感じたことを思い返すかのごとく、日本人の歯に対する健康意識の低さを改めて痛感することになりました。実は大学にいたときは、そこまで日本人の歯への意識が低いと感じることはあまりせんでした。研究に明け暮れていたという事情もありますが、何より治療を受けに来る患者さん自体、わざわざ遠い大学病院にまで足を運び治療を受けに来るくらいですから、デンタルIQの高い方が多かったのです。
しかし、一歩外の世界に出てみると、どうでしょう。状況は一転し、日本人の歯への健康意識の低さに愕然としたのです。
これまでイギリスでの話をしてきましたが、海外と日本で考え方はどれくらい違うのでしょうか?
「予防歯科先進国」として有名なスウェーデンを例に見てみましょう。
1. 国家戦略としての予防歯科
スウェーデンでは、1970年代から国を挙げて予防歯科に取り組んできました。
具体的な施策:
20歳まで歯科治療費が無料
成人後は予防費用の大半を国が負担
結果として、30年で虫歯が80%減少したという驚異的な成果を上げており、現在では国民の8割以上が定期検診に通う世界有数の歯科予防先進国となっています。
2. 歯科衛生士の役割の違い
スウェーデンでは、歯科衛生士は予防歯科の主役であり、独立した専門職として確立されています。
定期検診やクリーニングは歯科衛生士が担当し、歯科医師は治療に専念する。この役割分担が、効率的で質の高い予防歯科を実現しています。
日本でも歯科衛生士は活躍していますが、まだまだ歯科医師が主役で、歯科衛生士は「歯科医師の補助」という位置づけが強いのが現状です。
3. 国民の意識の違い
スウェーデン人に「なぜ定期検診に行くの?」と聞くと、こんな答えが返ってきます。
「歯がなくなったら、人生の楽しみが半分失われるから」
「老後に自分の歯で食べられるのが、最大の幸せだから」
歯の健康を、QOL(生活の質)に直結するものとして捉えているんですね。
一方、日本でも、近年歯への健康意識が高まりつつありますが、それでも「歯は20本以上あるから、何本か失っても大丈夫だろう」という考えの方が未だ一定数いらっしゃる気がします。それだけ、日本人の歯への健康意識はまだまだ世界的にみると後れを取っているのです。

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